自然災害と教訓
災害年表
〈災害年表〉 【】 急速に発達した低気圧による暴風雪・大雪
[1969年2月5日〈昭和44年2月5日〉 –

2月4日に日本海と本州南岸の低気圧がそれぞれ発達しながら北上、2月5日には日本海の低気圧は津軽海峡から網走沖に進み(974hPa)、もうひとつの低気圧は根室の南東海上に進んだ(972hPa)。2つの低気圧は6日朝9時にはオホーツク海でひとつにまとまり(964hPa)、北海道付近は強い冬型の気圧配置に変わった。 このため、道内は日本海側や十勝では大雪や猛吹雪、太平洋側の沿岸ではまとまった雨となり、5日の降雪量は帯広69センチ、広尾64センチ、札幌で47センチ、苫小牧28センチなど、最大瞬間風速は稚内34.8m/s(6日)、留萌30.6m/s(6日)、江差30.2m/s(5日)、浦河で29.3m/s(6日)、札幌で21.7m/s(5日)を記録した。 この影響で死者13名、負傷者40名、住家全壊6棟、住家半壊2棟、一部破損109棟、床下浸水99棟、罹災者896名の被害があった。 農業被害は7675万円、土木被害2億1342万円、水産被害1億7239万円、林業、衛生、商工、文教施設等に被害あり、被害額計4億9734万円。 江別大橋付近では吹雪により850台の車両が2日間立往生した。 5日は、大雪により石狩・空知・釧路・根室・十勝・胆振・網走管内で合わせて911校、高校39校のあわせて950校が臨時休校した。特に十勝管内の小・中学校は1校を除き、357校が休校した。 国道38号の狩勝峠では帯広寄り2キロの地点で幅約100mの雪崩が発生、通行止めとなった。 このほか、236号黄金道路では雪崩とふきだまりにより約100mおきに寸断、237号岩内-三岩間がなだれにより通行止め、238号宗谷岬から浜頓別町斜内間が猛ふぶきにより通行止めとなった。 釧路発札幌行き急行「狩勝3号」は砂川駅で6時間ほど足止めとなり、札幌には9時間遅れて到着した。 サハリン西岸で操業していた稚内の漁船「第三十八栄保丸」は、宗仁岬南西の宗谷海峡で暴風と高波により転覆、13名が行方不明となった。 国道12号では江別-豊幌間約6キロが猛ふぶきとなり、5日から6日にかけて約2500人が車の中に待機する状況となった。凍傷やCO中毒、風邪の悪化による体調不良など続出、重傷者3名が江別総合病院に収容された。また、立往生のバスから江別市内に歩いて向かった母子が一時行方不明と伝えられるなど混乱した。 留萌港では石炭専用船「慶洋丸」が座礁、船体が二つに割れて前部が沈没、23人が一時孤立したが救出された。 苫小牧市では駅前のアーケードが雪の重みで落ち、通行人が下敷きになって軽いけがを負った。また雪下ろしの店員が転落する事故も発生した。 静内では42センチ積もった後に雨に変わったため、雪が解け出し、市街地では道路が冠水したところもあった。 6日は猛吹雪による視界不良等により、交通が途絶したことで19の市町村が孤立状態となった。(浜頓別、中頓別、豊富、猿払、歌登、枝幸、沼田、多度志、南幌、遠別、天塩、苫前、幌延、小平。増毛、羽幌、初山別、留萌、夕張) 暴風雪による臨時休校は、小・中学校1253校、高校34校、計1287校にのぼり、宗谷地方では全小中学校が臨時休校した。 札幌市では北光団地、澄川でそれぞれ1名がふぶきにより帰宅途中に凍死した。 道では6日朝、道雪害対策連絡部(道災害消防課内)を設置、災害復旧策に関する会議を開催した。

関連メディア
  • なし
関連資料
  • なし