1945年(昭和20年)は5月~8月の気温が低く、冷害凶作となった。 10アールの平均収量は水稲113kg、大豆113kg。 特に低い5月~6月の平均気温は旭川で1.8℃、網走で1.9℃、それぞれ平年より低かった。